|
|
|
みなさんは、遺跡などの古いもの、風情あるものを見るのは好きですか?
私は、遺跡などの古いものを見るのが好きです。
こちらのページでは、私が見つけた古き良きものを勝手ながら紹介させて頂きます。
※宮古島では昔、井戸のことを「がー」と言っていたそうです。
恐らく方言です。
  
【大和井(やまとがー)】
1720年に掘り出された井戸だそうです。
戦後、水道が復旧するまでにこの井戸を中心に集落をたてたようです。
ただ残念なことに、お偉方だけが占有し、一般庶民には開放されたいなかったみたいです。
実は、私はこの時初めてこの「大和井」を見ました。名前は聞いてはいたのですが、なかなか行く機会を得られず。
周りは石積みになってて、昔の人はすごいなー!とただただ思い、眺めていました。
「大和井」は国の重要文化財に指定されています。
見に行かれる方は、井戸近くは少し滑りやすくなっていますので気をつけてくださいね。
宮古島のご年配の方々は本州のことを「やまと」と言います。
この井戸を掘るのに携わった人が本州(やまと)の人だったとか?
それで「大和井」 それが名前の由来と言われているそうです。
  
【盛加がー】
こちらも同じく井戸です。
大和井よりも古いようで、大和井同様、水道が発達していない時代に人々の生活用水として使用されてきたようです。
こちらの井戸は小規模ながら貝塚層も発見されたそうです。
「盛加がー」は「大和井」に比べ、雑草がすごく荒れているかんじでした。
こちらも階段を降りていくと、同じく滑りやすくなっていますので、見に行かれる方はお気をつけください。
前行ったときはもう少しキレイだったような気がしました。誰かが手入れをしているのかもしれませんね。
 
【仲宗根豊見親の墓】
その名の通り、仲宗根豊見親さんのお墓です。
15世紀末から16世紀はじめにかけて宮古島を支配していた方だそうです。
ご覧になった方はご存知だと思いますが、宮古島のお墓の形は変わっています。
私から見ると、まるで家のようです。家を現しているのかな?と思います。
あと、自分の財産?も現しているのでしょうか。形、大きさも様々です。
レンガで造ったり、大理石などもあります。
この仲宗根豊見親さんのお墓は昔のお偉い方なので、さすがに大きいです。立派です!
周りは石積みで囲まれています。
やはりお墓なので、写真を撮るのに少し抵抗を感じました。
【久松五勇士顕彰碑】
1905年日露戦争当時、ロシアの艦隊が日本本土へ北上するのを、島民が発見したそうです。
しかし、宮古島には電信曲がなく、電信局のある石垣島へ久松の5人の漁師がクリ舟(サバニ)で160キロの距離を一昼夜かけて渡り、「敵艦見ゆ」の情報を日本連合艦隊へ打電しました。しかし、時すでに遅く、この情報は1時間前に信濃丸という船が先に情報を送っていたためあまり評価されなく終わったそうです。
後にこの5人は県知事より勇士として称えられ、記念碑が設立されたそうです。
【サバニ】
↑この舟が「久松五勇士」の話にも出てきた「サバニ」です。
昔は手漕ぎだったのですが、今はエンジンがついています。このサバニも今では数少なくなったのかもしれません。
【石敢當】
これは魔物を倒すためのものです。いわゆる魔除けです。
「いしがんとう」と読みます。
いつ頃からこれを置くようになったかはわかりませんが、魔物は人々の平和を乱しにやってくるそうです。しかし、魔物はなぜか曲がるのが下手で、T字路の正面に家があると入って来てしまうそうです。そこでこの魔除けが置かれるようになったとのことです。
元々は中国から来たものらしく、日本全国にあるそうです。なぜか沖縄に多い。
魔除けといえば他にも、門などにシャコ貝を置いている家庭もあります。これも魔除けの一種です。
 【石垣】
今ではあまり見かけなくなった石垣。石積みの外壁です。
コンクリートがない時代に石を積み重ね、何の接着剤も使わず、崩れないというこの石垣を作った昔の人々の知恵はすごいなと思います。
私は風情があって好きです。
|
|